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クリスマス-東方の博士のあいさつ   (アクリル)


2002年のクリスマスの教会用のフライヤーのために描いたイラストです。
今年釧路の教会で、この絵を白黒でフライヤーに使ってくださったようで
そのフライヤーを牧師先生が送ってくれたのでした。
(私は釧路でもフライヤー担当していたのでこの絵を使ったことがあります)
その釧路教会のフライヤーを母に見せたら「原画が見たい」というので
何年かぶりに引っ張り出しました。




マタイによる福音書 2:1~11 (リビングバイブル)


イエスはヘロデ王の時代に、ユダヤのベツレヘムの町でお生まれになりました。
そのころ、天文学者たちが、東の国からはるばるエルサレムにやってきて、
こう尋ねました。

   「このたびお生まれになったユダヤ人の王様は、どこにおられますか。
   私たちは、その方の星をはるか東の国で見たので、
   その方を拝むために参ったのです」

それを聞いたヘロデ大王は、ひどくうろたえた。
エルサレム獣がその噂でもちきりになりました。
 
大王はさっそくユダヤ人の宗教指導者たちを招集し、
   「預言者どもは、メシア(救い主)がどこで生まれると告げているのか」と尋ねました。
彼らは答えました。
   「ユダヤのベツレヘムです。預言者ミカがこう書いております。

   『小さな町ベツレヘムよ。
   お前はユダヤの中でも決して
   ただのつまらない町ではない。
   おまえから偉大な支配者が出て、
   わたしの国民イスラエルを治めるようになるからだ』

そこでヘロデは、ひそかに天文学者たちを呼びにやり、
例の星が初めて現れた正確な時刻を聞き出しました。

  ~中略~

彼らがさっそく出発すると、なんと、あの星がまた現れて、
彼らをベツレヘムに案内し、とある家の上にとどまったではありませんか。
それを見た彼らは、おどり上がって喜びました。
 
その家に入ると、幼子と母マリアがおられました。
彼らはひれ伏して、その幼子を拝みました。
そして宝の箱を開け、金と乳香と没薬を贈り物としてささげました。




絵には神学的にいろいろご意見ご注文もあるかと思いますが
ま、いいですよね^^;

博士たちはベツレヘムまでは星が見えていたのに
ベツレヘムに入って星を見失ったか、
人に「お生まれになったユダヤの王様はどこですか?」と聞いています。
それで王様なら王宮にいるだろうということになったのですね。
でも王宮には赤ん坊はいなかった。
メシアの誕生を恐れたヘロデ王はその子を殺す目的で
博士たちにその子の居場所を教えるようにいいます。(中略の部分)
で、王宮を出た博士たちはまた星を見いだしイエスのもとにたどり着きます。
でもその後夢でお告げを受けて王宮には戻らず別の道で帰ります。


星を見失うって面白いですね。
近づくと見えなくなるものってありますよね。
愛とかもそうじゃないですか?^^;

「OOならはあそこにあるはず!」ってきらびやかなところを目指してみたり^^;

『ああ違ったんだ…』って気づいたときに
また星を見出すんですよね。
博士ったら、もう!私と同じじゃん…^^;

メーテルリンクの「青い鳥」を思い出したりして…

「幸せってこんなところにあったんだね」


イエスさまを求めていたのに近づいて見えなくなっている人いませんか?
教会という器とか、クリスチャンという人とかじゃなくて、
イエスさまという星を見上げて見失わずにいきましょう。
イエスさまと会い、体験し続けるために。。。

…と自分に言ってみる^^;
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I wish you a Merry merry Christmas オイルパステル・バターナイフ・ケシゴム




クリスマスのお喜びを申し上げます^^!





どうぞ愛する人とその人がこの世にいる喜び、出あえた喜び
そしてその方を生んだご両親と環境
すべての創造主なる神に思いをはせてくださいね^^☆”


イエス・キリストは神に創られた被造物全ての贖い主(あがないぬし)救い主です。
神様から差し伸べられた握手の手です。




「神様、あなたが真理というなら本当にいるの?いるなら証拠を見せて!」

私の祈りはこれからはじまりました。
犬と散歩しながら、空を見上げ、木々を見ながら、月を見上げながら
そういうことを考えていました。
問題と葛藤があって、とても「真理」が知りたかった。
真理のところにいたかった。

「私が道であり真理でありいのちである」ヨハネによる福音書14:6


それから約1年後、時が熟して
神様の存在が私の中に湯水のように流れ込み、こられきれないほどとなり
笑っちゃうぐらい神様は実在するということが私に示されました。
神は頑固で疑い深い私に奇跡をもってご自分を示されました。
多くの人はもっと深いところで自然に導かれるようです。
洗礼を受けるのはこれはもう自然の流れでした。



神様って
あなたが本当に苦しいとき
いた方がいい存在。
知っていたほうが楽な存在。
あなたに自由を与える存在。
そして順風満帆なときはわかりにくい存在でもあります。
昼間の灯火のように。


大げさに言えば
私にとっては『自分はいなくなっても神さまがいるから大丈夫!』
そう思える存在です。





イエスは彼に言われた。
「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。
わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。」

                                  (ヨハネによる福音書14:6)



イエスさまが生まれた。

感謝。
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        ウオーン!と吼えるような雲 (9/1撮影)



私はキリスト教のメノナイト派という教派の所属なのですが、
メノナイトはプロテスタントの中でも歴史は古く、
ルターの宗教改革と同時期にヨーロッパ各地で興った宗教運動が発端です。


ま、それはいいんですが、

メノナイト派は大ざっぱに2つに別れます。
(というか世界組織がないらしく各地でちょっとずつ違うらしいです)


一つはメノナイト。(メノナイト・ブレザレンなども今回含みます^^;いいのかな?)
もう一つがアメリカペンシルバニアなどで昔からの生活様式を守る「アーミッシュ=アマン派」。


メノナイト派(アーミッシュも含む)の特徴としては、
「 なぜなら、人は心で信じて義とされ、口で告白して救われるからです (ローマ書10:10)」により
自分の意思ではない幼児洗礼を洗礼とは認めていないこと(信じる者の教会)
キリストによる非暴力平和主義というところですが、


アーミッシュが他のメノナイトと著しく違っているのは
一般社会と分離して昔ながらの生活様式を貫く中に宗教的な意味を見出し暮らしていることです。
自宅に電気も引かないし、電話もPC、ラジオ、TVもないし、自動車も使いません。
ローラーブレードはOK!
アーミッシュはキルトが有名ですよね☆”
礼拝様式などにも違いがあるそうです。

1985年のハリソン・フォード主演の米映画「刑事ジョン・ブック 目撃者」はアーミッシュ村が舞台になりました。



そういうアーミッシュの生活はアメリカ社会の中ではかなり異質であり
コミュニティーが観光地になっているそうです。(日本のいわゆる観光地とは異なる^^;)



2006年10月4日。
アーミッシュ村の小学校に、銃を持ったアーミッシュではない男が乱入、
アーミッシュの子どもたちを殺して自殺してしまった事件。(5人殺害5人重症)

そしてその中で、幼い子どもたちをかばおうと年長の女の子(13才)が
「私から撃って」と犯人に申し出たという話や
事件後この犯人の家族をアーミッシュが赦し、和解を申し出た話などが話題になりました。
娘を亡くした父親は「犯人の家族に伝えてほしい。私たちは彼らのためにも祈っている」と言ったそう。

この事件はアメリカでも衝撃を与え、年末にその年のトップニュースになったそうです。




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                ポッカリキラキラの秋 (9/1)




そんな「アーミッシュの生きかた」展が
北海道旭川で開催されます。

9/19(土)~10/18(日)
国際染織美術館


9・11テロの記念日1週間後の開催で、会期中に銃撃事件の記念日も含みますね。


http://www.yukaraori.co.jp/senbiamisyu.html



行きたいな。。。しかしきっちょ。。。やっぱり無理だろうか。



ところで、アーミッシュの人々は偶像化を嫌うので写真に撮られるということを嫌います。
(まったく私と正反対!^^; いや、私も撮られるのは嫌いだ。撮るのが好きなの^^)
なのでチラシに載っている写真が私の手元の資料やお土産のアーミッシュの写真とほぼかぶっています。あはは。
いつの時代の写真でも同じなんでしょうね。


私はきっと少しは見習わなくてはなりません…A^^;




<追記>
国際染織美術館のHPにこんなところが載っていました。
↑ のHPは期間が終わったら変わるでしょうけどこのURLは大丈夫。
https://c11cgvvq.securesites.net/amish/index.htm
現代の便利な生活との妥協…興味深いです!
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     ライムグリーンのホスタ、オーガスト・ムーンの花


天に召される前にこっちまで凱旋して来てくれたK君!
思い煩いのない澄んだイノセントな笑顔を残してくれてありがとう。
本当に輝いていたよ。
「若い!高校生みたい!」って、39歳の男性に私ったらそんなこと言って…みんなで笑ったよね。

最後まであなたは平和の使者でした。


今日行けなくてごめんね。
行きたくないよ。見たくない。いいの。あのお顔とどめておく。。。
うちの牧師のSさんとk子さん、明日の朝そちらに着きます。
行き帰りの足を守ってね。


K君、ありがとう。


天国でまた会お!ね、また会お。。。
今度は全部動くよ!ね、またハープ吹いて。高と練習しといて。
約束だからね。


じゃ、また。
God by!
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      今にも降り出しそうな暗い朝のアジサイ


あるブロガーさんが臓器移植と脳死について書いた記事に、以前から思っていたことをコメントしました。

でもひと様のところで書き込んで涼しい顔するべきテーマでもないなと思い、
コメしたもののコピペをもとにしてこちらでもアップします。


いつも来てくださる方はもうご存じでしょうが

私は46歳の夫を去年10月ガンで亡くしました。静かな死でした。。。
自宅で一人で看取りました。あともう少しで9ヶ月になります。

脳死状態と言われる患者さんを診ていらっしゃる方とは比べられませんが、
愛する者の死に立ち会ったものとして書かせてください。
また私たち夫婦はクリスチャンです。





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(新聞の見出しに「脳死は人の死」と大きく出ていたことについて…のコメのコピーです)


そうですね。
そういうご家族がいらっしゃる方にもっと配慮があってもいいですよね。
ただ今回のは『脳死が人の死』であるという世界的な基準に追いつけたというところがポイントであるとのことで…
新聞もそこをとりあげたのでしょう。
でも世界基準に追いつくとか遅れているとかそういうことではなく、
もっと考える土壌を育ててほしいなと思います。

脳死が人の死であることは普通は受け入れがたい現実だと思います。
しかし私は前から脳死は死であると思っています。
医療と努力を尽くしても自発呼吸が戻ってこない場合、
それは神さまに息を吹き込まれ生きるものとなった人の息(霊)が神の元に返ったと考えています。
私は臓器移植法ができたときから全部差し上げますとカードを財布に入れています。
でもこれは私の宗教的土台がそう言わせるのであって、
そうでない方に(たとえ同じ宗教でも)この考えを正しいと押し付けることはできません。

臓器移植も医療(人の業)なら、自発呼吸ができなくなった体を生かし続けられるのもまた医療。
ですが、本来は臓器移植と人の死の定義は別個のものとして話し合われるべきものかと思います。

臓器移植とは切り離したとしても『これは死である』と定義付けることは、
ご家族にとっての憐れみ慰めとなる場合もあることでしょう。
それほど身近なものの死は受け入れがたいもので、また死は受け入れなければならないことでもあります。

しかしこれからその様な状態で生き続けている方、
生き続けさせているご家族への医療面でのケアや公的補助が今までどおりであることを望みます。

それが一番心配です。


2009/07/15 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




旧約聖書創世記2:7

その後、神である主は、土地の塵で人を形造り、その鼻にいのちの息を吹き込まれた。
そこで、人は、生きものとなった



人は生まれるとき先に吸ったのでもないのにおぎゃあと息を吐いて生まれるといいます。
亡くなるときは息を吸って亡くなるといいます。
神に息を引き取られたのでしょうか…不思議な符合です。
息(霊)を吹き込まれていない以前は塵の人型です。



夫は私一人のときに手を握りながら亡くなりましたが自宅で使える呼吸器をつけていましたので
息を引き取ったときはわかりませんでした。
ポロリと涙をこぼしたとき…その時がそうだったのかもしれません。
目もひっくり返りチアノーゼも出ていましたが、人の死など知りませんし眠ったのかと思っていました。
それが正午ごろの出来事でしたが、前の晩までは翌日(死亡日)日曜礼拝に出るつもりでいたのです。
つまり素人目には死にそうな気配はありませんでした。

12:30ごろ看護師さんが来たときも体は暖かくて、
看護師さんも声をかけながら私とふたりで体位の交換などをしたのです。

バイタルをはかり亡くなっているとわかった時、私は感情が追いつかず、まるで演技をするかのように
「主よ、あなたのみ手に高の霊を委ねます」と祈りました。
あの時、いえもっと早くに亡くなったことに気づき
「逝かないで、戻ってきて!」と泣き叫んだなら彼は戻ってきてくれたのだろうか?…と
それは今でも心の傷になっています。

あまりにも急な逝去に家族は間に合うはずもなく、誰にもすぐ連絡がつかず、
とくに夫の両親に電話がつながったのはもう午後3時にもなろうかとしていました。
その両親がすでに焼いてしまった骨の入った骨壷を見ながら言うのです。
「もうこんなになってしまったら高は戻って来れないね…」と。。。
時間が経っても、これが偽らざる子どもの若い死を目の前にした親の気持ちだと思います。


私は脳死を人の死と思っていますが、夫はそうではありませんでした。
ずっと以前に話し合ったことがあります。

「オレは心臓が止まるまで死んだとは認めない。人に臓器をやるために死ぬつもりもない」

私は彼が脳死状態になったときは彼の意思を尊重しようと思っていました。
彼はクリスチャンになってもその気持ちは変わりませんでした。
彼にとっては脳死と言う言葉は存在しません。
世間が、また私も「脳死は人の死」と思っても、彼にとってはそうでないのなら
私は彼を呼吸器につけ体を生かしたでしょう。誰にとってもその選択の自由が守られますように。。。
彼は「もときちが脳死状態になったら迷うだろうけどみんなと話し合ってそのとき考える」と言っていました。
「私は早く臓器を役立ててもらいたいけど、残る人の気持ちが大事だからそれでいいよ」と言いました。



臓器移植というのは脳死が人の死であることを前提に成り立つと思います。
そうでなければ受けるほうも生きられる人から臓器を奪って自分のものにしたことになってしまいます。
だから世間一般のコンセンサスとしては脳死は人の死でいいと思います。

でも臓器移植で助かる命と、人工呼吸器で生き続けられる命、、、と比べると
それは根本的におかしなことになるでしょう?


「脳死は人の死」は霊的な考え抜きには語れない問題のはずだと思っています。
そしてそれはやはり究極的には個人的な宗教観の問題でしょう。
世間でどう言おうが、自分で考えておくことと家族で自分の想いを話し合っておくことが大切だと思います。


この問題に指針を与えられるのは医者ではなく宗教者だと思うのですが…
扱うことが霊であるから。
生と死はすでに境界があいまいで霊の問題抜きに語れない領域になっています。
なんでもありは困りますが、口をつぐまないでほしいと思います。




コメント欄閉じようかと思いましたが色んな方の考えも聞きたいし、閉じないことにします。
でも多分「ありがとうございます」程度のレスしかしませんのでご了承ください。
私は泣きながら書いています。
それほどつらく身近な問題であることをお察しください。
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    コノテガシワより太ってしまってこんなはずじゃなかったスカイロケットに雫


土砂降りの朝の公園の東屋で、ベンチに座りながらきっちょとふたり
どうやら1時間近くもまったりしてしまったようです。

カメラ持っていけなくて残念でした。

水たまりに雨、雨だれ、風紋。。。すばらしかったです。




たくさん考えごともしました。


「わたしはあわれみは好むがいけにえは好まない」ということがどういう意味かを知っていたら、
あなたがたは罪のない者たちを罪に定めはしなかったでしょう。  (マタイ12:7)


言葉が与えられていないときは黙っていようと思いました。





晴れの日は家にいるくせに
雨が降ると散歩のまったり時間が長くなったり、庭で写真撮ったりしてしまう私なのでした。
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   紫陽花のちびっこたち…多分ガクアジサイかと思います。。。



いつか時がきて…時がカステラのようにフワフワとして栄養たっぷりで…

そして今だってその時なんだってこと、

私は忘れないです。
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ホテルをレイクホルトに移しての翌日の15日は日曜日。
私はなんとかこの日の礼拝を守りたいと、
コペンハーゲン~アイスランドの飛行機の中でも隣のアイスランド在住の男性に教会の言語事情を尋ねました。
「私のいるレイキャビクの教会では英語も使うし、みんな英語はわかるけれど、レイクホルトではどうだろう…?」
と、ムニョムニョなご様子。。。
うーむ。。。私の念力のアンテナには、『彼は礼拝に出席していないな!』とピピピ!ときたのでした^^;


札幌からほぼ寝ずに14日の朝を迎え、その日一日市内観光で疲れてしまった私は
レイクホルトのホテルに着いた夜、バスから降りるとき昏睡状態…^^;
晩ご飯も食べられず、バイキングのセレモニー?にも出席できず、ドロドロと寝ていました。
ふと気が付くと同室の奥さんからおかゆと梅干の差し入れがあり、それを食べたら元気が回復!
なんて美味しいんだろう!やっぱり日本食は世界一^^!
しかしとっておいてくれたラム肉のお料理もきっちりたいらげ、夜中には元気にオーロラ観測に出かけたのでした^^

オーロラ観測用テント設営のためホテルを出たら、
あらら・・・なんと隣がかわいらしい小さな教会!しかも懐かしの釧路の教会に激似ではありませんかっ!
これはアイスランド語でもゲール語でもなんでも礼拝に出ましょう!と決めたのでした^^

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これは朝の散歩で…(お墓の裏の屋根が私たちのフォスホテル^^)

とりあえず説教はわからなくても聖書はわかるし讃美歌の楽譜さえあればハミングなら歌えるだろうと^^!
世界中どこでも多分お世話好き…なブラザーズ&シスターズになんと自己紹介したらいいものか…^^?
「アイスランドは福音ルーテル派」とパンフにあったけれど、メノナイトのことどう思うかしら?とか、色々考えつつ。。。
(メノナイト派はルーテル派などに追われてヨーロッパからアメリカに渡った歴史があるの…
和解しています。謝罪もあったそうです)


同じホテルに泊まっているらしいかわいい子どもが墓地を歩いていました。
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さて、『礼拝は何時からかな?』…とホテルでアイスランド゙航空の日本人スタッフWさんに尋ねたところ
レセプションのクリスティーナさんと一緒にPCで調べてくれ、

「あの可愛い教会は老朽化して今は使われていないらしい。(建替えようとしたら遺跡が出て建設中止…)
向かいにあるSAGAというアイスランドの民話博物館の2Fが現在教会になっているが、
日曜の礼拝は毎週は行われてないらしい…」 ことが判明。。。ガックリ。。。orz...
Wさんにいたっては「アイスランド人は宗教に熱心ではない!」とまで。。。
あぁ、それを言わないでちょんまげっ。。。


それで他のメンバーが軽登山ツアーに出かけた一人の部屋で、
自宅から持ってきた聖書をゆっくり読み、祈り、礼拝を守ったのでした。
それはそれですごく恵まれたいい時間でした。。。感謝です。。。



これはホテルにあったアイスランド語新約聖書。。。(国際ギデオン協会がんばってますね!)
ヨハネによる福音書第1章。(初めにことばがあった。ことばは神と共にあった。ことばは神であった…)

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ごめんなさい。。。これドイツ語ですって。。。^^;!(カギコメさまが教えてくださいました。感謝です!)
多分別のブロックにアイスランド語があったかも。。。確認が足りないことで申し訳ありませんでした。
でも珍しいからこのまま載せときます^^!


さて、翌日(月曜日)のオプショナルツアーはホテルのすぐ近所がアイスランドの遺跡の宝庫なので
そのバイキング的遺跡めぐりと、SAGAという民話的物語の博物館へ。。。
その博物館の2Fが現在の教会で、特別に開けてくれました。

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ツアーメンバーのDさんとHさんが「キリスト教の祈りを教えてくれ」とおっしゃるので
「主の祈り(天にまします我らの父よ…)」を私の追唱でお祈りいただきました^^
それから各自で個々にお祈り。。。感謝です。。。

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150~200名ぐらい入るかわいらしい教会。。。後ろにはパイプオルガンも。。。ちゃんと礼拝守ってね^^;

アイスランドの諸教会に祝福がありますように!




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